目次
微積物理とは
微積と物理
物理で「微積を使う・使わない」という話をよく耳にするのですが,なんのことでしょう…?
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よく話題になる,「物理に微積を使うかどうか」という問題。
運動方程式も,$$m\mskip 6mu\bun{dv}{dt}\mskip 5mu=F(t)$$とかけるため,「微分方程式」なのです。古典力学の原点となる運動方程式そのものに「微分」が出てくるので,物理と微積を切り離すことはできなさそうです。
物理と数学
微積以外にも,物理を学習していると様々な数学の知識が必要になります。
たとえば,「位置」や「力」はベクトル量ですので,ベクトルの知識は欠かせないですね。「力が分解できない!」という状況では,力のつり合いの式すら立式できません。
力を分解するときには,三角関数の知識も必要になります。式を立てて,それを解いていく過程では2次方程式の知識や,因数分解の知識が必要になることもあります。
数学なくして,物理の問題は解けない,ということは上の例からも容易にわかるでしょう。物理を勉強するにあたって,数学は欠かせない「道具」なのです。
羽白は「数学は物理を語るための言語」だと思っています。
数学の位置づけ
数学は物理を語る上での言語である。
なぜ「微積」だけ問題になるのか
「物理を習得するのにベクトルは必要か?」という議論は耳にしません。これは誰もが「ベクトルは欠かせない」と理解しており,教科書でもベクトルを使用した説明がなされているためでしょう。
一方で,教科書の公式を眺めてみると,微積を用いない表記がなされていることがわかります。微積を使わなくても理解できることが多いうえ,微積を使うことで余計ややこしくなる部分もあるため,より簡易的に学生に理解してもらうために微積をあえて避けているのでしょう。
「微積いらん!」という主張
- 微積を用いなくても理解できる内容が多い。
- 微積を使うと表現が難しく(ややこしく)なることが多く,挫折する学生が増える。
- 微積を使って理解しても,微積を使わなくても,入試の点数はさほど変わらない。
一方ではじめに述べたように,運動方程式がそもそも「微分方程式」であるように,古典力学を理解する上で微積は切っても切り離せないものです。
教科書のように,「あえて微分を使わずに遠回りしながら,微積を使わないと導出できない部分はそれっぽく導出して公式として暗記」という方法でも,入試の大半の問題は解けてしまいますが,古典力学の全てを理解し切ることはできません。
例
力学的エネルギー保存則を運動方程式から導出せよ。
といった内容を理解しようと思えば,微積を避けることはできないのです。
微積を利用することで,暗記している様々な公式を導出することができます。数学の学習で「公式は暗記せずに導けるように」と教えられているわけですから,物理の公式も微積を利用しながら導出できるに越したことはありません。
「微積は必要!」という主張
- 微積を用いると,暗記している法則の導出もでき,理解が深まる。
- 難易度の高い入試問題では,見通しがよくなることがある。
こうして,
- 教科書でも微積を使っていないのだから微積を使わずにシンプルに理解すべき!
- 微積を使わないと各種法則は導けないのだから,暗記に頼らず微積で理解を深めるべき!
という2つの立場が生まれ,ときに抗争が勃発するのです。
英語との比較
「微積を使う,使わない」のイメージが沸かない人も多いと思いますので,英語を具体例としてみてみましょう。
英語を学ぶときに「単語」や「文法」の勉強は必須ですよね。これらの「道具」(知識)を組み合わせて使うことで,英語で表現できる内容が増えていくわけです。
「数学は物理を語る言語である」ように,数学も物理を学習する上での「道具」です。
「ベクトル」「微積」「三角関数」といった数学の知識は,英語で言うところの「現在完了形」「仮定法」「5文型」のような文法知識に相当します。
つまり,「微積なしで物理を学ぶ」というのは,「5文型なしで英会話を学ぶ」と似たようなものなのです。
英語と対応付けるとわかりやすい!
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では,「5文型を知らないと英語が習得できないか?」と言われるとそうではないでしょう。文法のことを細かく考えなくとも,海外に住むといった方法で英語を習得している人はたくさんいます。
しかし,5文型の知識があれば,解きやすくなる入試問題は増えるでしょうし,表現の幅も広がるでしょう。
微積も同じで,それが欠けたからといって物理が習得できないわけではありません。しかし,微積を用いて物理を理解することができれば,見通しがよくなる入試問題も増えるでしょうし,「法則の成り立ち」といった本質的な部分の理解も深まるのです。
【結論】使う,使わないではなく,どこまで理解するかという問題

どこまで使うか,で考える
ここまでの話からわかるように,微積は「物理を理解するための道具」であって,受験物理に必須のものではありません。
しかし,物理を理解する上で切っても切り離せない関係ですので,問題は「どこまで微積を使って理解するか」ということになります。「使うか,使わないか」の二元論で論じることがそもそもイケてないのです。

全く使わないのも,微積をフルで使うのも,どちらも受験物理では現実的ではありません。
いくら微積を使わないといっても,
- 速度は位置の微分。つまり,$v=\mskip 4mu\bun{dx}{dt}\mskip 5mu$
- コイルに生じる誘導起電力は,$V=L\mskip 6mu\bun{dI}{dt}\mskip 5mu$
といった内容はさすがに受験でも基本です。避けては通れない理解事項でしょう。
一方で,電磁気学を学ぶ際に「Maxwell方程式から全ての法則を導出する」というのはやりすぎだと羽白は考えています。
そもそもMaxwell方程式を理解するのに必要な数学が高校範囲を超えており,また,Maxwell方程式を理解したところで入試の得点にはそこまで影響しません。
問題となるのはその「中間」,たとえば「エネルギー積分」だとか,「角運動量保存」とか,そのあたりなのでしょう。
程度の問題
避けては通れないところでは微積は必須。明らかに受験物理を超えた内容は教科書的に理解する。
その「中間」をどれだけ深く理解していくかが焦点。
本質的な理解が必要な人,そうでない人

必要になる人はごく少数
でも,理解しておけば有利になることがあるのであれば,微積を使って物理を勉強しておいたほうが良いのではないでしょうか?
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羽白も入試を終えた直後はそう考えていました。しかし,物事はそんなに単純ではありません。
微積物理,そもそも数学的に内容が高度になることが多いのです。文章で読んでも,説明を聞いても,理解するのに一苦労。
そしてそもそも,公式を覚えて解く物理を完璧にすることがまずは第一です。それができてから,微積を使って理解を深めていくというのが正しい順序。最初から全て微積を使って理解するなんてよほどの天才でない限り無理。
少なくとも,共通テストで安定して95点を取れない状態で,「物理で微積って必要なのかな…」と考えるのはイケてない。
その前に,基本事項の理解,問題演習をしっかり積んで,標準的な物理の問題を「赤子の手をひねるように」解けるようにすべきです。
最優先事項
まずは教科書的な物理をしっかりと学んで,基本的な問題を完璧に解けるようにすることが先決。
それができてはじめて「微積を使って理解するかどうか」を考え始める土俵に立てる。
東大物理でいうと
微積物理を使わなくても,40点は安定して取れるようになります。 逆に,それ未満の状態で変に微積を取り入れ始めると,変に混乱して点数が下がることも多々。

微積を中途半端に使って理解し始めたせいで,答案の内容が迷走し,伸び悩んでいる生徒をたくさんみてきました。
「40点は安定して取れるようになったし,更に理解を深めて点数を伸ばしたい,より短時間でシンプルに問題を解けるようになりたい」というのが正しいレベル感です。
他の科目との兼ね合い,コスパを考える
物理は得意だし,東大物理でも安定して40点は取れる。更に上を目指すために,微積を取り入れて理解を深めたい。
そんな状況でも,必ずしも微積を学び始めるのが正解とは限りません。
受験は「合計点でいかに高い点数を取るか」という勝負です。他にもっと伸ばしやすい科目はありませんか?
物理で安定して40点取れるにしても,英語で安定して60点が取れないのであれば,英語の勉強を優先させるべきでしょう。

60点満点の物理を「40点→50点」に伸ばすよりも,120点満点の英語を「60点→70点」に伸ばすほうがよっぽど簡単です。
つまり,微積を取り入れた物理の習得に本腰を入れる"資格がある"のは,
微積を取り入れるための条件
- 物理の基本事項が完璧に理解できていて,東大の過去問でも40点は取れる。
- 他の科目も十分に仕上がっており,物理を更に伸ばす必要がある。
を満たしている人と考えられるでしょう。
このレベルに達している人はごく少数です。
鉄緑会高3の選抜クラスで物理を教えていた羽白ですら,このレベルに達する生徒はほとんど目にしませんでした。
このレベルに至るまでは,「知っていると受験に活かせる」部分を選別し,コスパよく取り入れていくのが最も賢い選択といえるでしょう。
微積を取り入れて物理を学ぶなら
全て説明できるまで理解しきらないと意味がない
微積を使って物理を理解しています!
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自信満々に「微積物理できます!」と言う人に,「じゃあ,力学的エネルギー保存則を導出してみて」というとできないことが大半です。
要は,「説明を聞いて理解したつもりになっているけれど,自分でアウトプットできない状態」なのです。
この状態は理解していないのとほぼ同じで,入試においてはむしろ悪影響の方が大きいでしょう。
「微積を使う」のは,「入試問題を解く過程」ではなく,「法則を理解する過程」です。
この「法則の理解」は,以下の状態になってはじめて意味があるものとなります。
理解する,とは
- 人に説明できる。
- 法則の導出,成り立ちを理解することで得た内容を入試に活かせる。
たとえば,「運動量変化と力積の関係式の導出を理解した!」という場合。以下の問題をどう考えますか?
例
高さ $h$ の位置から小球を自由落下させたとき,地面に達するまでの時間を求めよ。
ここで,「運動量変化と力積の関係式」が使えると判断して,$$mv=mg\cdot t$$と立式できればokです。問題を解く際に理解を活かせているといえるでしょう。
一方で,「運動量変化と力積の関係式って,撃力のときに使う式じゃないの?」と考えているようでは,とても「運動量変化と力積の関係式の導出を理解した!」とはいえません。
微積を取り入れるのは基本を完璧に理解してから
「微積を取り入れて物理を理解するぞ!」と気合を入れるのは良いですが,初学の時点から微積をフルで取り入れるのは難しいでしょう。
どんなに数学が得意でも,躓くこと間違いなしです。

鉄緑会も授業も,初学の際は「これはひとまず覚えて!」という教え方を多々します。最初から微積フルで教えたらみんな置いてけぼりでしょう。
まず,1周目は教科書的な理解(法則の導出などは深くこだわらず,ひとまず「公式」として使えるようにする)を完璧にするのが最優先。
一通り学習を終えて,一通りの問題演習も積んで,それから更に実力を高めるために微積を取り入れていく,という方法が推奨です。
学習の順序
1周目から微積をフルで使って理解しようとしない。基本が完璧になってから理解を深めるために取り入れていく。
力学

どこまで学習するかの程度問題,という話をしましたが,それぞれの単元でどこまで必要か,という点についてみていきます。
古典力学の法則は,すべて運動方程式から導かれます。よって,「運動方程式から全て導出できるようにする」というのが最終形態なわけですが,受験においてそれは非現実的。
どこまで足を踏み入れたら良いか,以下に紹介します。
1周目から知っておいたほうがよいこと
- 位置,速度,加速度の関係式
これは外せないでしょう。むしろ,なぜ微積を使わないのか不思議でたまらない。
等加速度運動の公式
$$\begin{aligned}v&=v_0+at\\ x&=x_0+v_0\,t+\mskip 4mu\bun12at^2\end{aligned}$$
は,速度が位置の微分,加速度が速度の微分,であることがわかっていれば理解がスムーズでしょう。
知っていると見通しが良くなること
- エネルギー保存則の導出(ポテンシャルエネルギーの一般的な定義の話も含め)
- 運動量変化と力積の関係(と,運動量保存則)の導出
- 重心運動と相対運動(2体問題の深い理解)
これらについては,理解を深めておくと見通しが良くなる問題が多いです。
羽白も高校3年生の授業で扱っていました(が,理解できていたのはクラスの半分以下だった,という印象です)。
余裕があれば知っておいてもよいこと
- 角運動量保存則
- 回転運動の運動方程式
- コリオリ力(慣性系以外の座標系の議論)
入試の点数には直結しないものの,古典力学の全体像がより理解できるようになる内容です。
誘導付きで入試に出題されることもありますが,誘導に従っていけば解ける問題が大半です。
知らなくてもよいこと
- 惑星運動の細々とした話
- 極座標系での運動方程式
あまり入試には直結しない内容,もはや高校生にとっては趣味の世界でしょう。
力学以外
熱力学
微積を持ち出しての議論は不要と考えています。
しかし,「なぜ,定積変化以外においても,定積モル比熱 $C_{\mathrm{V}}$ を用いて $\varDelta U=nC_{\mathrm{V}}\varDelta T$ とかけるのか」といった,「公式の意味」はしっかりと理解しておくべきです。
波動
議論になるのは「波動方程式」でしょう。
羽白は「余裕があれば知っておいてもよいこと」に相当すると考えています。

羽白が受験生のときは,導入部分だけ理解していました。深入りはしていなかったです。
電磁気学
基本的に,微積を使った議論は不要だと考えています。
「Maxwell方程式」は要求される数学のレベルが高い割に,入試に直結しません。
電場や電位の話など,力学と結びつけて理解しておく部分が多いため,そういった領域は力学に準じて深い理解をしておくのが望ましいでしょう。
原子物理
入試でも出題頻度があまり高くないためなんとも言えませんが,深入りしすぎたらきりがありません。
基本的には,教科書的な内容を確実にする,にとどめておくので良いと思っています。
力学以外の分野
深入りすることで,入試に直結する内容は比較的少ない。
羽白の経験から

受験生として
高校2年生のときに鉄緑会で物理をはじめて学習した際は,最低限の微積以外は一切使いませんでした。
教科書どおりの公式をしっかりと理解して,問題演習を積んでいくことで実力はしっかり付きましたし,高校3年生になる直前に解いた東大の過去問では55点を取ることができました。
さらなる実力を付けたいと考えるようになり,東進ハイスクールの苑田先生の講義を受講しました。
苑田先生の授業は微積をフルで使う授業で,内容を理解し切るのにいつも精一杯でしたが,物理の世界観が見事に変わりました。

苑田先生の教えがなければ,私は鉄緑会で物理科講師になることはなかったでしょう。
苑田先生は「本当にわかっていれば解けない問題なんてない,解けないのはわかっていないからだ」と,常に本質の理解を追求していました。
講義に衝撃を受けた羽白は,より理解を深めたいと考えるようになり,「新物理入門」を購入して何周もしました。
高校3年生の物理の学習は「問題演習」よりも,「法則と向き合う時間」のほうが長かったようにすら思います。
結果的に,高2で基礎を完璧にして,高3で微積を使った物理の理解に触れ,それを深めながら入試演習に活かしていく,という理想の順序で学習できていたように思います。
指導者として
上記の自信の経験から,「しっかりと数学を使って物理を理解すればこんなにも美しい!」ということを教えたいとの気持ちで鉄緑会の物理科講師になりました。
しかし,現実は厳しいものでした。
高2の時点で基本を完璧にできている生徒がまずそもそも少ないのです。

微積やら物理の本質やらの話の前に,「教科書的な基本を完璧にする」ことがいかに大変かを実感しました。
その状態で高3になるわけですから,高3の授業ですら「微積を使いながら法則をしっかりと解説する講義」をするのは今ひとつです。それよりも,「高2の基礎の再確認」が優先され,微積を使った「入試に活かせる深い理解」の解説も部分的なものに限られてしまいます。
鉄緑会ですら(しかも高3で担当していたクラスは選抜クラス)そうなのですから,学校や他塾ではなおさらでしょう。
そこで,「全て微積は無理。受験に必要なところに絞って,確実に理解してもらう」という方法が最適だという結論に至ります。「使う・使わない」ではなく,「どこまで使うか」を試行錯誤しよう,となったわけです。
まとめ
微積を物理で使うべきか,という議論に対する羽白の考えを述べました。
「使うか,使わないか」ではなく,「どこまで使うか」という程度の問題が本質です。微積を使わない理由がない分野もあれば,微積をわざわざ使う必要性のない分野もあります。
理解しておくと入試に活きる可能性がある分野については,以下の人に限って,理解を深める学習が推奨されます。
深い物理の理解に向く人
- 物理の基本事項が完璧に理解できていて,入試の過去問でもほとんどの問題が解ける。
- 他の科目も十分に仕上がっており,物理を更に伸ばす必要がある。
取り組むにあたっては,他人に説明できるまで理解し,入試に活かせるように問題演習もしっかり行う必要があります。
そしてそもそも,微積云々の前に,教科書的な内容を完璧に理解して基本的な問題をしっかり解けるような状態に至ることがまずは何よりも大切です。