ベクトルの定義
向きを含めた議論
「向き」をつけた線分について考えていきます。
線分 $\rmA\rmB$ に $\rmA$ から $\rmB$ への向きをつけて考えるとき,これを有向線分 $\rmA\rmB$ といい,$\rmA$ を始点,$\rmB$ を終点といいます。
有向線分は「位置」「向き」「大きさ(長さ)」の3つの要素がありますが,「位置」を無視して「向き」と「大きさ」の2つの要素だけを考えた量をベクトルといいます。
ベクトルの表記
有向線分 $\rmA\rmB$ で表されるベクトルを $\vec{\rmA\rmB}$ と表します。
図の $\rmA\rmB$ と $\rmC\rmD$ は位置は違いますが,向きと大きさは同じなので,$\vec{\rmA\rmB}$ と $\vec{\rmC\rmD}$ は同じベクトルになります。このとき,
$$\vec{\rmA\rmB}=\vec{\rmC\rmD}$$と表します。
他の表記もチェックしましょう。
ベクトルは,始点と終点を特に明示せずに,$\vec{a}$ のように表すこともあります。
また,ベクトルの大きさを表すときは,$\left|\vec{\rmA\rmB}\right|$ や $\left|\vec{a}\right|$ のように表します。
ベクトルの加法
和の考え方
$\vec{a}=\vec{\rmO\rmA}$,$\vec{b}=\vec{\rmA\rmC}$ とするとき,$\vec{\rmO\rmC}$ を $\vec{a}$ と $\vec{b}$ の和といい,$\vec{a}+\vec{b}$ とかきます。つまり,
$$\vec{\rmO\rmC}=\vec{\rmO\rmA}+\vec{\rmA\rmC}$$であることがわかります。
少し口語的な説明をすると,「ベクトルは寄り道をしても,スタートとゴールが同じであれば,同じベクトルを表す」ということです。$\vec{\rmO\rmC}$ は $\rmO$ がスタート,$\rmC$ がゴールになります。
一方,$\vec{\rmO\rmA}+\vec{\rmA\rmC}$ は「$\rmO$ から $\rmA$ に行き,$\rmA$ から $\rmC$ に行ったベクトル」ですから,こちらも $\rmO$ がスタートで $\rmC$ がゴールです。
平行四辺形での考え方
また,図のように平行四辺形 $\rmO\rmA\rmC\rmB$ を考えると,$\vec{\rmO\rmB}=\vec{b}$,$\vec{\rmB\rmC}=\vec{a}$ となります。$\rmO$ からスタートして $\rmC$ でゴールのベクトル,つまり $\vec{\rmO\rmC}$ は,$\vec{\rmO\rmB}+\vec{\rmB\rmC}$ と表すこともできます。
これらのことから,ベクトルは下記の性質をもつことがわかります。
ベクトルの基本性質①
以下の性質が成り立つ。
$$\begin{aligned}&\vec{a}+\vec{b}=\vec{b}+\vec{a}\stext{ (交換法則)}\\&\left(\vec{a}+\vec{b}\right)+\vec{c}=\vec{a}+\left(\vec{b}+\vec{c}\right)\stext{ (結合法則)}\end{aligned}$$
ベクトルの加法に関しては「しりとり」のように考えるとイメージがしやすいでしょう。
$$\vec{\rmP\text{■}}+\vec{\text{■}\rmQ}=\vec{\rmP\rmQ}$$といったイメージです。
逆ベクトルと零ベクトル
逆ベクトル
ベクトル $\vec{a}$ と大きさが等しく,向きが反対であるベクトルを $\vec{a}$ の逆ベクトルといい,$-\vec{a}$ と表します。
$\vec{a}=\vec{\rmA\rmB}$ とすると,$-\vec{a}=\vec{\rmB\rmA}$ すなわち,$\vec{\rmB\rmA}=-\vec{\rmA\rmB}$ であることがわかります。
零ベクトル
ベクトル $\vec{\rmA\rmA}$ のように始点と終点が一致しているベクトルは,大きさが $0$ になります。このようなベクトルを零ベクトル(ゼロベクトル)といい,$\vec{0}$ と表します。
「えっ!? 大きさが $0$ って,向きも無くて大きさも $0$ なのに,ベクトルって言うの?」という疑問もあるでしょうが,ゼロベクトルを定義しておくととても便利なんです!
特殊なベクトルとして理解しておきましょう。
これより,下記の性質がわかります。
ベクトルの性質②
以下の性質が成り立つ。
$$\begin{aligned}\vec{a}+\left(-\vec{a}\right)&=\vec{0}\\\vec{a}+\vec{0}&=\vec{a}\end{aligned}$$
ベクトルとスカラー
スカラーとは
ベクトルというのは,向きと大きさをもった量ですが,単純に大きさだけを考えることがしばしばあります。
サイエンスの世界では,ベクトルと区別するために大きさだけを表す量をスカラーといいます。
今まで普通に扱ってきた数字はすべてスカラーです!
ベクトルとスカラー
$$\begin{aligned}\stext{ベクトル}&\stext{:変位,速度,加速度,力,力積など}\\\stext{スカラー}&\stext{:長さ,面積,速さ,仕事,エネルギーなど}\end{aligned}$$
注意点
$\vec{a}+\left(-\vec{a}\right)$ は $\vec{0}$ (ベクトル)になりますが,$0$(スカラー)にはなりません。
それは,$\vec{a}$ と $-\vec{a}$ という2つのベクトルどうしの加法であり,$\vec{a}+\left(-\vec{a}\right)$ という値はベクトルを表しているからです。$\vec{0}$ を導入するのも,こういった背景があるからです。
ベクトルの減法
図形での確認
$\vec{a}=\vec{\rmO\rmA}$,$\vec{b}=\vec{\rmO\rmB}$ とするとき,$\vec{a}-\vec{b}$ を $\vec{a}+\left(-\vec{b}\right)$ と定義して,これの図形的な意味を考えてみましょう。
図形より,
$$\begin{aligned} \vec{a}-\vec{b}&=\vec{a}+\left(-\vec{b}\right)\\ &=\vec{\rmO\rmA}+\vec{\rmA\rmC}=\vec{\rmO\rmC} \end{aligned}$$となりますので,$\vec{a}-\vec{b}$ は,図の $\vec{\rmO\rmC}$ を表すことがわかります。
ベクトルの位置は自由に設定できます。$\vec{\rmO\rmC}=\vec{\rmB\rmA}$ ですから,$\vec{a}-\vec{b}=\vec{\rmB\rmA}$ と考えることもできますね。また,$\vec{b}+\vec{\rmB\rmA}=\vec{a}$ が成り立つことからも,$\vec{\rmB\rmA}=\vec{a}-\vec{b}$ となることが確認できます。
このように,ベクトルの差は「終点の2点を結ぶベクトル」と考えることができます。$\vec{\rmB\rmA}$ を $\vec{a}-\vec{b}$ のように差の形で表すことはとても重要です。$\vec{\rmB\rmA}$ について,
$$\vec{\rmB\rmA}=\vec{a}-\vec{b}=\vec{\rmO\rmA}-\vec{\rmO\rmB}$$であり,始点がそろっている2つのベクトル $\vec{\rmO\rmA}$ と $\vec{\rmO\rmB}$ を用いて表せていますね。
このように,1つのベクトルを始点がそろった2つのベクトルで表せると,様々なメリットがあります。詳しくは書籍「数学のトリセツ」のベクトルの章で…!
差の考え方
1つのベクトルを2つのベクトルの差で表すときは,以下のように考えます。
$$\vec{\rmP\rmQ}=\vec{\text{■}\rmQ}-\vec{\text{■}\rmP}$$の形です。たとえば,$\vec{\rmP\rmQ}$ を $\vec{\rmO\rmP}$,$\vec{\rmO\rmQ}$ で表す場合,
$$\vec{\rmP\rmQ}=\vec{\rmP\rmO}+\vec{\rmO\rmQ}=-\vec{\rmO\rmP}+\vec{\rmO\rmQ}=\vec{\rmO\rmQ}-\vec{\rmO\rmP}$$となりますね。
イメージとしては,$\vec{\rmP\rmQ}$ の $\rmP$ を「頭」,$\rmQ$ を「お尻」だとすると,「お尻 $-$ 頭」の形になっています。
この「お尻 $-$ 頭」の形をしっかり覚えてください!
ベクトルの実数倍
実数倍の考え方
ベクトル $\vec{a}$ と実数 $k$ に対して,$\vec{a}$ の $k$ 倍を $k\vec{a}$ と表します。
$k>0$ のとき,$k\vec{a}$ は向きは $\vec{a}$ と同じで,大きさが $k$ 倍になったベクトルを表しています。$k<0$ のときは向きが逆で,大きさが $|k|$ 倍になったベクトルを表しています。
また,以下の性質が成り立ちます。
ベクトルの基本性質
$k$,$l$ を実数とするとき,
$$\begin{aligned}&k\left(l\vec{a}\right)=(kl)\vec{a}\\&(k+l)\vec{a}=k\vec{a}+l\vec{a}k\left(\vec{a}+\vec{b}\right)=k\vec{a}+k\vec{b}\\&k\left(l\vec{a}\right)=(kl)\vec{a}\\&(k+l)\vec{a}=k\vec{a}+l\vec{a}\\&k\left(\vec{a}+\vec{b}\right)=k\vec{a}+k\vec{b}\end{aligned}$$
ベクトルを含む式の計算は,整式の計算と同じように考えることができる,ということですね!
単位ベクトル
単位ベクトルとは
$\vec{a}$ と同じ向きで,大きさが $1$ となるベクトルを単位ベクトルといいます。
たとえば,$\left|\vec{a}\right|=2$である $\vec{a}$ と平行な単位ベクトル $\vec{e}$ は,$\vec{e}=\bun{\vec{a}}{2},\,-\Bun{\vec{a}}{2}$ となります。
一般に,$\vec{a}\ne\vec{0}$ のとき,$\vec{a}$ と平行な単位ベクトルは,$\bun{\vec{a}}{\left|\vec{a}\right|},\ -\Bun{\vec{a}}{\left|\vec{a}\right|}$ の2つです。
$\bun{\vec{a}}{\left|\vec{a}\right|}$ だけではなく,$-\Bun{\vec{a}}{\left|\vec{a}\right|}$ もあることに注意!