保存力と非保存力
一般的な仕事
前のセクションで仕事について学習しました。
力を加えて物体を動かすことで,力は物体に対して仕事をしますが,一般に仕事は物体の移動経路によって値が変わってくるものです。
仕事は経路によって値が変わるんですね。
たとえば地点Aから距離が $s$ だけ離れた位置にある地点Bに物体が移動する際の動摩擦力の仕事を考えてみます。
一直線に地点Aから地点Bに動いていく場合,動摩擦力の仕事は,$$W=-\mu'Ns$$とかくことができます。
一方で,進んだり,戻ったり,進んだり,戻ったり,と何度も方向転換をしながら長い道のりを経て移動した場合はどうでしょう。
進んでいるときも戻っているときも,動摩擦力は常に進行方向と反対向きに作用します。
よって,合計の移動距離を $s'\,(>s)$ とすれば,動摩擦力のした仕事は,
$$W'=-\mu'Ns'$$となり,より大きな負の仕事をすることになります。
保存力
スタート地点とゴール地点さえ決めてしまえば,どのような経路をたどって移動しても仕事の値が変わらない力が存在します。
このような力のことを保存力と呼びます。一方で,保存力以外のすべての力のことを非保存力と呼びます。
保存力と非保存力
仕事が経路によらない力を保存力と呼ぶ。保存力以外のすべての力を非保存力と呼ぶ。
重力の位置エネルギー
位置エネルギーの考え方
物体が速度を持つことによって,他の物体に仕事をすることができる「能力」を運動エネルギーと定義しました。
ここではもう一つのエネルギーである位置エネルギーについて学習します。
そもそもエネルギーというのは,他の物体に対して仕事をすることができる,という「能力」でした。
すごく大雑把に言ってしまえば,他の物体に強い衝撃を与えることができる,という「能力」です。
どれだけ大きく「がちゃん!」という音を立てられるか,というくらいの大まかなイメージで考えてしまってokです。
大きな質量の,大きな速さで運動する物体が大きな運動エネルギーを持つ,ということは直感的にも明らかですよね。
ではたとえば,「高い位置にある重たい(質量が大きい)物体」はどうでしょう。
手を離して地面にぶつけたら「がちゃん!」となりますよね。
この点から,「高い位置にあることによってエネルギーを持っているといってよいのではないか?」と考えたくなりますよね。
低い位置にあっても大して「がちゃん!」とはなりませんが,高い位置にあればあるほどより「がちゃん!」となるはずです。
このことから,物体の位置が高ければ高いほど大きなエネルギーを持っていると考えてよさそうです。この直感的なイメージを具体的に考えてみましょう。
簡単な例
高い位置(高さ $h$ とします)にある物体から手を離すと物体は自由落下します。
この際,物体には重力 $mg$ が鉛直下向きに作用しますが,物体も下向きに $h$ だけ落下するわけですから,重力は $mgh$ の仕事をします。
物体の視点で考えれば「手を離してもらうだけで重力に $mgh$ の仕事をしてもらえる」という状況にあるわけです。
重力に仕事をしてもらうということは…?
前のセクションで扱った通り,仕事をしてもらえば,その分の運動エネルギーを得ることができますよね。$\varDelta K=W$ の式の通りです。
つまり,高さ $h$ の位置にあるということ自体が,$mgh$ の仕事をしてもらってエネルギーを受け取れる「権利」を潜在的に持つことになるのです。
このような,「重力に仕事をしてもらってエネルギーを受け取れる権利」のことを重力の位置エネルギーと呼びます。
これまでの説明からわかる通り,高さ $h$ にある質量 $m$ の物体の位置エネルギーは $mgh$ です。
重力の位置エネルギー
質量が $m$ の物体が高さ $h$ の位置に存在するとき,その物体は,
$$U_g=mgh\punit{J}$$だけ重力の位置エネルギーを持つ。
位置エネルギーの基準点
ここまでの話ではわかりやすいように地面を基準に高さを考えていましたが,どこから測った高さで考えてもokです。
地面からの高さが $h$ の位置を基準とするのであれば,地面の高さ(基準の位置より $-h$ だけ高い場所)にある物体の位置エネルギーは $-mgh$ となります。
また,重力の位置エネルギーは基準点からの高さのみで決まるため,同じ高さであれば同じ値になります。水平方向に物体が移動しても重力の位置エネルギーは変化しません。
弾性力の位置エネルギー
弾性力でも同様に考えられる
次に,弾性力の位置エネルギーについて考えていきます。
ばねにつながれた物体があったとき,ばねを押し縮めて手を離すとばねが勢いよく伸びますよね。近くに別の物体や壁があれば,やはり「がちゃん!」となるわけです。
ばねを伸ばしたときも同じです。ばねを伸ばした状態で物体から手を離すとばねは勢いよく縮んでいきますから,やはり「がちゃん!」となります。
ばねが縮んでいればばねに押してもらいながら仕事をしてもらえますし,ばねが伸びていれば引っ張ってもらいながら仕事をしてもらえるわけです。
これもやはり「ばねが縮んだ位置もしくは伸びた位置に物体があると,その物体は弾性力に仕事をしてもらう権利を持っている」と考えることができますよね。重力の位置エネルギーの場合と全く同じ考え方でokです。
「弾性力に仕事をしてもらってエネルギーを受け取れる権利」のことを弾性力の位置エネルギーと呼びます。
ばねの伸び縮みとエネルギー
さて,問題は弾性力が物体にしてくれる仕事の計算です。
弾性力は $f=-kx$ で表される通り,物体の位置 $x$ によって力の大きさが異なります。
移動距離が $s$ だとしても,力の大きさが場所によって変わってしまうので単純に「(力の大きさ)$\times$(移動距離)」で仕事を計算することができません。
計算する方法はあるのですが,物理基礎の範囲でこの内容を理解しておく必要はないので,公式として覚えてしまってokです。
覚えるべき結論
ばねが $x$ 伸びている場所から自然長の位置まで戻ってくる場合でも,ばねが $x$ 縮んでいる場所から自然長の位置まで戻ってくる場合でも,弾性力のする仕事は $\Bun12kx^2$ になります。
つまり,ばねが $x$ 伸びた(もしくは縮んだ)位置にある物体は,$\bun12kx^2$ だけ弾性力の位置エネルギーを持つことになります。
弾性力の位置エネルギー
$x$ だけ伸びた(もしくは縮んだ)ばね定数 $k$ のばねにつながれた物体は,
$$U_k=\bun12kx^2\punit{J}$$だけ弾性力の位置エネルギーを持つ。
弾性力の位置エネルギーも基準点を考える必要があるのですが,よっぽどのことがない限りは自然長の位置を基準点として考えてokです。
位置エネルギーと保存力
位置エネルギーと保存力のつながり
これまでに,重力と弾性力の位置エネルギーを紹介しました。
物理基礎の範囲で位置エネルギーを考えることができるのはこの2つの力だけです。そしてこの2つの力は保存力でもあります。
実は,重力と弾性力に関して位置エネルギーを考えることができるのは,これらの力が保存力だからなのです。
保存力であれば位置エネルギーを考えることができるのですね。
上で説明した通り,位置エネルギーは「仕事をしてもらえる権利」なわけですが,この仕事が経路によって異なってしまっては困りますよね。
重力がもし非保存力だとしたら,高さが同じでも通る経路によって仕事が変わってしまうことになります。
つまり「高さ $h$ の場所にあっても,どのような経路をたどって地面に落ちるかによって受け取れる仕事が変わる」ということです。
これでは高さ $h$ における位置エネルギーというものを考えることができなくなってしまいますよね。
重力が保存力であるがゆえに「高さ $h$ の場所から地面まで移動するのであれば,どのような経路を通るにしても受け取れる仕事が $mgh$」と決まっているからこそ,位置エネルギーを定義することができたわけです。
「非保存力の位置エネルギー」というものは存在しません。
位置エネルギーと保存力
位置エネルギーは,保存力に対して定義される。
理屈はわからなくてok
このあたりの理屈がわかっていなくても,「重力の位置エネルギーは $mgh$,弾性力の位置エネルギーは $\Bun12kx^2$!」という丸暗記で問題が解けてしまうのが物理基礎です。
入試では困らないのですが,こうした理屈を理解していくとそれぞれの公式が一気につながって見える世界が変わってきます。
それが物理の一番面白いところなのですが物理基礎の学習範囲だけではその領域に到達するのが難しいので,なんだかもったいないなぁと個人的には思います。